介護従事者の職業病ともいえる腰痛は、離職理由の原因のひとつとなっています。欧米諸国では福祉用具を活用した、ノーリフトケアが一般的です。
どうすれば、介護従事者の腰痛を軽くすることができるのでしょうか?ノーリフトケアを実施している自治体の実例も交えて解説します。
介護従事者を悩ます「腰痛」。欧米諸国では福祉用具を活用したノーリフトケアを多くの施設が実践しています。日本でも2013年に厚生労働省が「人力による抱え上げをおこなわない」ことを明言していますが、国内の介護現場ではまだまだ反映されているとはいえません。日本特有の「直接人の手で介護するから、気持ちが伝わる」という概念が理由だと考えられます。結果、介護従事者の腰に負担がかかることが問題です。
どうすれば、介護従事者の腰痛を軽くすることができるのでしょうか?ノーリフトケアを実施している自治体の実例も交えて解説します。
ノーリフトケアとは、人力だけで要介護者を持ち上げたり抱えあげたりせず、福祉用具を活用する介護のことです。介護従事者の腰痛を防止するのはもちろん、持ち上げたり抱えあげたりする移動にともなう、要介護者の皮膚の損傷や不快感の軽減にもつながります。
発祥はオーストラリア
今から20年ほど前、看護師の身体的疲労による腰痛を訴える声が多く上がったオーストラリア。離職者が増え、看護師が不足する事態に陥りました。その事態を解消するため、1998年にオーストラリア看護連盟が看護師の腰痛予防対策としてスタートさせたのが、ノーリフトケアの始まりです。
介護従事者の72%が腰痛
日本でも介護従事者の腰痛問題は深刻です。一般社団法人日本ノーリフト協会によると、72%の介護従事者が腰痛を発症しています。「腰痛を持って一人前」との認識もあるくらいです。離職を余儀なくされるケースもあり、人材確保の視点からもノーリフトケアを取り入れる必要があります。
厚生労働省も腰痛予防対策を提唱しており、以下がその4項目です。
また、腰痛チェックリストの作成も腰痛予防対策に効果があります。リスクの高さにより3段階で評価し、改善が必要かどうかを判断するというものです。以下は主な5項目です。
チェックに必要な項目は施設によって違いますので、詳しくは厚生労働省のチェックシートを確認してください。
ノーリフトケアで使用する福祉用具は、要介護者の体の下に敷いて使うスライディングタイプと、吊り具とセットで使用するリフトタイプがあります。それぞれの種類について紹介します。
スライディングシート
ベッドで寝ている要介護者の体の下に敷き込み、体を滑らせることで体の向きを変えたり、位置を変えたりするシート
スライディングボード
車椅子からベッド、ベッドから車椅子へ移動するとき、お尻の下に敷き込み体を滑らせて移動させるボード
床走行式リフト
スタンディングリフト
ベッド固定型リフト
天井歩行用リフト
浴室用リフト
脚分離型ローバック交差式吊り具
シート型吊り具
シート型吊り具
ベルト型吊り具
福祉用具を導入する費用が気になり、ためらってしまう介護事業者も多いようです。自治体によっては、補助金が利用できる場合もあります。実際にノーリフトケア導入を後押しする補助金を取り入れている、大分県と高知県の事例をご紹介しましょう。
大分県では「ノーリフティングケア用福祉機器導入支援事業」で、ノーリフトケアに利用する福祉用具の導入に利用できる補助金の申請を受け付けています。介護事業所にとっては、うれしい制度です。大まかな内容を紹介します。
補助金の対象となる福祉用具は以下の3種類です。
跳ね上げ式車椅子とは、肘置き部分が上に跳ね上がるタイプの車椅子です。移乗用ボード(スライディングボード)とセットで使用します。
補助金の上限は、ひとつの施設あたり50万円です。1施設あたりの金額が100万円以下の場合は、合計額の2分の1以内が上限となります。
注意点もあります。
2021年であれば、9月30日(金)が締め切りです。翌年度以降の情報を、定期的に確認すると良いでしょう。
高知県は2018年3月時点で人口が約71万人、高齢化率が34.4%と少子高齢化が進んでいます。そのため、要介護者が増える一方で介護従事者の人材確保が難しいようです。「介護=腰痛を引き起こす仕事」であるというイメージを払拭しようと、ノーリフトケアを推進しています。
ノーリフトケアを取り入れた、高知県の介護事業所で働く介護従事者の声を以下にまとめます。
特別養護老人ホーム トキワ苑
特別養護老人ホーム はるの若菜荘
特別養護老人ホーム 望海の郷
ノーリフトケアで介護を受けている、要介護者にもよい変化があります。実際にみられた変化は以下です。
特別養護老人ホーム はるの若菜荘
特別養護老人ホーム 望海の郷
介護従事者にも要介護者にも、よい方向に向かう要素が大きいようです。
他の都道府県や自治体でも、類似の補助金などを実施している可能性があります。対象となる補助金があるかどうか、調べてみるのもよいでしょう。今年度の補助金申し込み期限を確認し、過ぎている場合は来年度の情報をチェックしてください。
介護業界で長く課題となっている、介護従事者の身体的な負担を減らすことができれば、人材の定着や採用にかかるコスト削減にも効果が期待できます。ノーリフトケアを取り入れることで得られる、人材確保においての利点をお伝えします。
「介護職=腰痛が当たり前」という常識から脱却するために効果的な、ノーリフトケア。リフトやシートを使うノーリフトケアを実施する介護施設は、アピールポイントになります。腰痛が原因で介護の現場を離れた介護従事者の職場復帰も考えられるでしょう。また、重労働を避ける若い世代にも、自分の体を守りながら高齢者を支える、やりがいのある仕事だと訴えかけることができます。施設としてのブランド向上にも、一役買ってくれるのではないでしょうか。
新たな人材確保はもちろん、現在働いている介護従事者の長期定着にもつながります。福祉用具を使用するにあたって、人力より時間がかかるのではないか?介護従事者が使い方に慣れるまで、大変ではないか?など面倒に感じることもあるでしょう。しかし、使い続けることで慣れることができ、なじんでいくものです。日本ノーリフト協会では、「ノーリフトケアコーディネーター」の養成講座を開催しています。まずはノーリフトケアのリーダーを育成して、他の介護従事者に広げていくのもひとつの方法です。時間が必要だとしても、長期的にみるとプラスに働くのではないでしょうか。
福祉用具を扱うメーカーや代理店によっては、導入前のデモをおこなっているところもあります。実際に使ってみて、使用感や職員の感想、要介護者の変化を確かめる目的で、まずはレンタルから始めてみるのもよいでしょう。施設に合っていないようなら導入を見送ることができます。購入する場合は、補助金のを利用できるかを忘れずに確認してください。
導入したいけれど資金不足であったり、補助金が見込めなかったりする場合はレンタルがあります。レンタルなら管理やメンテナンスが不要なので、介護従事者による管理の手間もかかりません。ただし、レンタルには対象外となる福祉用具がありますので注意が必要です。補助金については、常にチェックしておくとよいでしょう。補助金の対象となる条件と合えば、購入できます。
購入する場合のメリットは、必要な福祉用具を選んだ上でオーダーメイドが可能なことです。施設に合わせ、リフトと吊り具を選んだり工事したりできます。施設で使い続けるなら、レンタルよりも安くなるかもしれません。予算はどれくらい必要か、補助金の対象になるのかどうかを調査しましょう。
ノーリフトケアを取り入れた例をみてみると、関節の動きが改善されたり、自分で食事ができるようになったりしています。ノーリフトケアが、要介護者の自立支援につながったといえるでしょう。さらに、介護従事者の腰痛予防、腰痛改善はもちろん新しい人材確保も期待できます。働きやすい介護施設を実現するため、ノーリフトケアの実施が急がれます。まずは、デモやレンタルで取り入れることを検討してください。