クリニックのホームページや医師の名刺に、「医療法人○○会」とあるのを見たことはありませんか?「信用力が高い」「節税になる」など、さまざまな印象が医療法人にあるでしょう。
では、どのクリニックも医療法人化するのが良いのでしょうか?
この記事では、以下の内容について説明します。
多くのドクターが選択する個人としての開業。自分のクリニックを医療法人化するかどうか、そのタイミングはいつなのか、記事を通じて学びましょう。
医療法人とは、「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団」です。
厚生労働省発表の、令和元年医療施設(動態)調査・病院報告の概況を見ると、「一般診療所」の施設数について、医療法人は43,593施設、個人は41,073施設。全体の約半数が医療法人です。
一般的に法人での事業実態がないまま診療所を開設することは難しいため、個人事業者として開業した約半数が法人化している計算です。
個人事業者として開業した医師が法人化する理由にはどのようなものがあるのでしょうか。また、法人化しない理由はどこにあるのでしょうか。医療法人化のメリット・デメリットを説明します。
法人化と聞いて一番に思うのは、「節税」でしょう。節税に関するおもなメリットは4つです。
法人の場合の税率を見ていきましょう。所得が800万円までは15%、800万円を超えた部分に23.2%が課税されます。
一方、個人事業主として開業した場合の税率は、所得税の税率が基本です。所得税は5%から45%の7段階に区分されています。個人事業主として開業した場合、課税所得金額が695万円 から 899万9千円までの所得税は23%です。そして課税所得金額が900万円を超えると、33%になります。
よって、課税所得が高い場合には、法人化することで税率差による節税を考えることが可能です。ただし税金は、法人税や所得税だけではありません。課税所得に対して住民税も加算されることを知っておきましょう。
個人で開業する場合、家族を社員として雇い、業務を手伝ってもらうケースもあります。その場合、家族に支払うことのできる給与は青色事業専従者給与のみです。
一方、医療法人の場合は、院長の親族が理事に就任すると、理事としての役員給与の支給が可能です。さらに、院長を含めた役員は給与所得者になるため、役員報酬に対して給与控除を受けられます。そのため、所得を分散し、所得税額をおさえることが可能です。
法人の場合、個人事業では認められていない退職金の設定が可能です。退職金は退職所得控除を受けることができ、控除は給与所得よりも有利です。
法人の場合、事業にかかる費用の他にも給与や退職金なども経費として計上できる点は魅力です。ただし交際費には、個人事業主にと違って上限が設けられています。
その他のメリットは以下のようなものがあります。
法人化をしていないクリニックがあることからもわかるように、法人化のデメリットも存在します。まず、お金の面からは3つです。
法人税は所得が800万円までは15%、800万円を超えた部分に23.2%が課税され、住民税も追加されます。法人が支払うべき所得税・住民税の合計は、どれだけ所得が少なくとも、20%強は支払わなければなりません。さらに、たとえ事業が赤字であっても法人住民税の支払いが必要です。
上記でも記載していますが、個人事業主の場合は交際費に上限はありませんが、法人の場合は年間600万円が損金に算入できる限度です。
2007年に医療法が改正され、今後新たに設立される医療法人は「持分なし医療法人」の分類になります。持分なし医療法人とは、出資者の法人への財産権がない、法人のことです。
「持分あり医療法人」の場合、出資率にしたがって法人の資産の財産権が発生します。一方、「持分なし医療法人」の場合、院長がどれだけ出資をし、法人を大きくしても、退職や相続の際に法人の財産権を主張することはできず、あくまで報酬は理事会で定められた範囲です。また、後継者不足などで法人を解散する際、法人の資産は国に没収されてしまいます。
その他のデメリットは以下のようなものがあります。
では、どのようなクリニックが法人化を検討すればよいのでしょうか。それは、メリットがデメリットを上回る場合です。
具体的には以下のケースです。
法人化は、自らの人生プランやマネープランにも照らし合わせて考える必要があります。将来的にクリニックをどのように展開し、そしてどのような出口戦略を描くのかを検討しましょう。
医療法人化を決断した場合は、どのような手順を追えばよいのでしょうか。
一般的には法人化を判断してから8~12ヶ月程度の時間が必要です。また、自治体によって方法が異なるので事前に確認が必要です。
東京都福祉保健局のホームページを参考に、法人設立の流れについて説明します。
医療法人は個人事業のように、届出を提出するだけで法人としての事業を開始できるわけではありません。医療法人設置の許可を出す医療審議会はいつも開催されているわけでなく、自治体によって異なりますが年1~3回です。
医療法人設立の認可申請は、最初に仮申請をおこない、そこで認可が通った場合、文言の修正や書類追加などをおこない、本申請です。仮申請とはいいますが、事実上の本申請と考えて準備をしなければなりません。そして、医療審議会での諮問を受けて、晴れて法人設立の認可です。
医療法人の設立認可、届出等の手続きについては、2015年に厚生労働省から都道府県に権限が移譲されました。まずは自治体のホームページを確認し、審議会の日程や必要書類を準備しましょう。
審議会の日程と書類を確認したら、まずは社員、理事、監事を決定。定款を作成し、設立総会を開催。そして、設立総会で決議した事項を議事録に記載します。
その後は書類の作成です。書類は定款にはじまり、30~40種類近くの準備が必要です。書類の内容は大きく分けて5つです。
書類に不備があった場合は修正が入りますが、修正から本申請までの期間が短い場合もあるため、きちんと準備しましょう。
書類の準備が整ったら、設立認可申請書の提出(仮申請)です。保健所など関係機関の照会や自治体側との面接を含んだ、設立認可申請書の審査がおこなわれます。 仮申請後の審査には3ヶ月ほどの期間がかかり、本申請への許可が出たら、仮申請で提出した書類に捺印をして提出です。
設立認可申請書の本申請後におこなわれるのが、医療審議会による審議です。医療審議会による審議の後、設立認可書が交付され、医療法人の設立が認可されます。
法務局へ設立登記申請をおこない、自治体に登記事項の届出をすることで医療法人設立が完了。福祉保健局に法人としての開設届の提出をするとともに、個人事業としての廃止届を提出し、クリニックの法人への引き継ぎが完了です。
法人の設立が完了しても、そこで終わりではありません。医療法人を設立したあとは、銀行口座の開設、税務署への地方税の手続き、労働保険や社会保険の手続きなどが必要です。税理士さんや社労士さんと相談しながら、手続きを進めていきましょう。
法人化の流れに要する期間は、長いと1年ほどかかります。日常の診療をおこないながら書類を準備し、各種窓口との面談をこなしていくのは負担です。そのため、依頼料を支払ったうえで設立認可申請を行政書士等に依頼するケースも多くあります。
インターネットで検索すると、法人設立サービスを仲介する行政書士事務所が多数ヒットします。また、現在クリニックとしてお世話になっている税理士・銀行・医師会に紹介してもらうのもおすすめです。まずは各所に問い合わせてみましょう。
法人化を行政書士に依頼した場合、依頼料以外にも費用がかかるので注意が必要です。
おおむね100万円程度の費用がかかるのが一般的ですが、法人の経費で計上することが可能です。
本記事では、医療法人化について解説しました。
医療法人化のポイントは、法人化することがクリニックの未来、院長の未来に必要なことかどうかを考えて判断すべきだということです。
医療法人化は、「節税」というイメージが先行しますが費用と時間がかかります。メリット・デメリットの理解がないままの医療法人化は危険です。今後、クリニックの将来をどのように考え運営していくのか、ご本人・ご家族のライフプランと照らし合わせて検討しましょう。
[1] 厚生労働省:医療法
[2] 厚生労働省:医療法人・医業経営のホームページ motibunnhouzinn
[3] 厚生労働省:令和元(2019)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況
[4] 国税庁:法人税の税率
[5] 国税庁:所得税の税率
[6] 厚生労働省:医療法人の基礎知識
URL:https://twitter.com/peppepei10
理学療法士として総合病院や訪問看護ステーションでリハビリテーション業務に携わった後、資格を活かして医療系Webライターとして活動。根拠に基づいた記事執筆を得意としており、様々なWebコンテンツにて執筆実績多数。
薬剤師として日本、シンガポールで従事。国際医療ボランティアとしてインドやボツワナ、タイに派遣される。現在は医療ライターとして執筆、コンテンツディレクター、編集長、ライティング講師、Webデザイナーとして活動。
Dr.心拍|医師
総合病院
URL:https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器専門医、指導医、総合内科専門医、研修医指導医、医学博士。総合病院勤務医として臨床または研究に従事し、若手指導にあたりながら、これまで培った経験を生かして医師ライターとしても大手医療メディアなどで多数の記事作成を行っている。また専門知識を生かして監修や編集、Webディレクターとしても活動している。
最近は予防医学、デジタルヘルス、遠隔医療、AI、美容、健康、睡眠などに関心を広げデジタルヘルス企業に関する記事の連載も行っている。
正しい医療知識の普及や啓蒙のために日本語又は英語で発信を行いながら様々な企業との連携やコンサルティングも経験し、幅広い分野での貢献に努めている。
複数の学会に所属し、論文執筆、国内・国際学会発表による研鑽を積んでいる。