介護施設のケアの場面では、転倒・転落・誤嚥(ごえん)といった事故のリスクが存在します。しかしながら、リスクの評価と対応をおこなわないまま、気をつける・努力するといった対策だけで済ませていないでしょうか?リスクマネジメントを通じて、利用者・職員にとって安全で快適な環境づくりを目指しましょう。
介護施設のケアの場面では、転倒・転落・誤嚥(ごえん)といった事故のリスクが存在します。しかしながら、リスクの評価と対応をおこなわないまま、気をつける・努力するといった対策だけで済ませていないでしょうか?
その場限りの対応では根本的な問題の解決にはつながらず、再度同じような事故を繰り返してしまいます。介護施設を運営していく中で、散在するリスクに対しては、マネジメントが必要です。
この記事では、リスクマネジメントに関して以下を説明します。
リスクマネジメントを通じて、利用者・職員にとって安全で快適な環境づくりを目指しましょう。
2021年度の介護報酬改定にて、以下の4つの文章が入りました。
介護施設におけるリスクマネジメントは、利用者の安全の確保だけでなく施設の収益の点からも重要ということがわかります。
介護施設では、利用者が心身ともに健康で可能な限り自立して生活できるよう環境を提供しています。一方で、自立した生活を重視すればするほど、転倒や誤嚥(ごえん)といった事故のリスクは高まるでしょう。
事故の予防を優先するあまり利用者の方を管理するように扱ってしまうことは、人間としての尊厳を奪うことにつながります。自由とリスクのバランスをとる手段として、リスクマネジメントが必要です。
介護施設におけるリスクマネジメントは、事故を完全に防止するということは困難だと考えた上で、以下のような姿勢で考えることが重要です。
介護施設に入所中の方は、認知機能や体力が低下している割合が多く、事故のリスクが高くなります。
介護施設における事故の中で最も多いものが、転倒・転落です。介護施設における事故原因の約7割を占めています。次に多い事故としては、誤嚥・誤飲・むせこみなどです。
認知症があると、本人が歩けるかどうかに関係なく、本人の行動が原因で転倒や転落をするリスクが高くなります。食べ物でないものを間違って食べてしまう誤食(ごしょく)と呼ばれる事故も多く、注意が必要です。
体力が低下していると、認知症がなくとも転倒・転落のリスクが高まることも。利用者がスタッフに迷惑をかけたくない・干渉されたくないという思いから、転倒してしまうケースも報告されています。
また、嚥下(えんげ)機能が落ちている場合には、誤嚥のリスクが高くなります。食事の形態に注意をしていても高齢者は内服薬も多いため、誤嚥に気をつけなければなりません。
誤嚥は窒息・肺炎といったことにつながることが多く、利用者方の命が危険にさらされる確率の高い事故です。
また、転倒事故の多くは骨折につながります。命にかかわらなくても、骨折がきっかけで体力が低下し寝たきりとなる恐れもあるでしょう。寝たきりから認知症が進行してしまうこともあるので、注意が必要です。
介護事故の増加に伴って、裁判例も増えています。
介護事故の裁判例の中で最も多いものは、転倒事故です。短期入所型施設でのトイレ移動中の転倒から急性硬膜下血腫を発症したケースでは、見守りセンサーなどの設置義務について争われました。結果として、施設に対して約1100万円の賠償命令がくだされています。
転倒の次に多いものが誤嚥事故です。介護老人保険施設で誤嚥リスクのある方にロールパンを丸ごと提供し窒息したケースでは、施設に対して約4000万円の賠償命令がくだされています。
事故が起きることへの不安や事故が起きた後の訴訟リスクへの不安を抱えながら、介護職員の方は働いています。働く上での不安が解消されない場合、職員の方のモチベーションは低下し離職率の増加につながるでしょう。
組織として適切なリスクマネジメントをおこなうことは、人材が集まり定着する、魅力のある職場づくりにもつながります。重要なことは、個々の職員の努力に頼るのではなく、「組織で事故防止に取り組み、仕組みによって事故を防ぐ」という考え方です。
介護施設で事故が起こり、訴訟につながってしまうことは、利用者・職員どちらにとっても不幸なことです。利用者の方の体力や認知機能を保ち、快適な生活を続けるため、職員の離職を避けるためにも、介護施設におけるリスクマネジメントはとても重要となります。
1930年代にアメリカのハインリッヒが発表した法則では、1件の重大な労働災害の発生の影には小さな危険が数多く潜んでいると、以下のように述べています。
「ハインリッヒの法則」の考え方は、リスクマネジメントをする際の基本となっています。
「ハインリッヒの法則」を元にした労働災害対策が、「ヒヤリ・ハット運動」です。ケアにかかわるスタッフすべてが働いている中で「ヒヤリ」としたことや「ハッ」とした情報を報告します。集めた報告を分析してヒヤリ・ハットを低減させるようなマニュアルを作り、職場内で共有する、この取り組みがヒヤリ・ハット運動です。労働災害の対策として広く普及しているヒヤリ・ハット運動は、医療・介護の現場でも活用されています。
厚生労働省の調査では、「事故」と「ヒヤリ・ハット」を区別しています。
事故 | 施設における福祉サービスの全過程において発生するすべての人身事故で身体的被害及び精神的被害が生じたもの。なお、事業者の過誤、過失の有無を問わない |
ヒヤリ・ハット | 利用者に被害を及ぼすことはなかったが、日常のサービスの中で事業者が「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたもの |
分析をする際は、これまで施設で起きたさまざまなヒヤリ・ハットや介護事故を集めることから始めましょう。そして、ヒヤリ・ハットや介護事故の事例から、施設ではどのような事故などが起こるかを想像し、リスクマネジメントにつなげていきます。
ヒヤリ・ハットや介護事故を集める際に重要なことは4つです。
ヒヤリ・ハット運動の目的は、安全管理の重要性を認識し、同じような事例が再び起きないようにすることであると、職員で共有するようにしましょう。
介護施設におけるリスクマネジメントでは、以下の対策をします。
①リスクの特定
②リスクの分析
③リスクの評価
④リスクへの対応
そして、対策がどの程度の効果を上げているか、改善点はないのかという観点で見直すことで、変化・増加するリスクに対応していきます。
ヒヤリ・ハットと事故の分析によって洗い出される情報は、転倒・転落から入所者同士のトラブルまで数多く存在します。これらの情報を以下のように、箇条書きにしてまとめましょう。
そして、転倒事故が起こったことから「床が滑りやすい」といったリスクの原因となることを特定します。
次に、リスクの分析をおこないます。リスクの原因を明確にしましょう。「床が滑りやすい」という例をとると、床の材質や履いている靴、ケアの際の姿勢などさまざまな理由があるため、根本的な原因を解決する必要があります。
リスクの評価では、見つけたリスクが転倒・誤嚥などどのような事故につながるかをスタッフ・職員の間で検討しますsoho。さらに、起こった事故によって、体力の低下・認知力の低下など利用者にどのような不利益が起こっていくか、訴訟や家族説明など施設がどのようなことに対応しなければならないかを予想します。
対応するべきリスクの重要性を評価して、対策をすることが望ましいかどうかを判断しましょう。
最後にリスク対策です。リスクによって見つけた要因に対し、対策を立てます。「床が滑りやすい」ということであれば、床の張替えや靴の素材の変更を考えましょう。転倒転落のリスクが高いようであれば、手すりやセンサーマットを用意できます。
最近では、カメラ機能や、録音機能を備えた見守りセンサー・見守りロボットなどの商品も登場しました。慢性的な人手不足に悩む施設や、職員の数が少ない夜間などを中心に活用の場面が広がりそうです。
出来上がった対策はマニュアルなどにまとめたうえで配布・周知します。そして、マニュアルをもとに、利用者のリスクマネジメントをおこなうことで、ばらつきのない、質の高い安全対策ができます。マニュアルは、ヒヤリ・ハットや事故を元に定期的に見直すことで、継続的に改善していきましょう。
また、リスクマネジメントをおこなう人材の養成も重要です。2008年度に設定された介護老人保健施設リスクマネジャー資格認定制度では、約30時間の講習と試験に合格すると認定証が発行されます。安全対策担当者に任命されたが何から始めてよいかわからない、自分の知識を整理したい、という方におすすめです。
それでも、人の生活に伴う避けられない事故は存在します。事故が起こった際の対応を準備することも必要です。施設内のスタッフや医療機関とどのような連携を図るのか、どのような連絡体制をとるのか、どのように経過を記録するのか、などについて確認しておきましょう。
また、ご家族には避けられない事故があった場合のリスクを受け入れてもらう必要があります。あらかじめ作成したマニュアルをもとにケアプランを作成し、以下のようなリスクを説明しましょう。
日頃から利用者や家族との良好なコミュニケーションが確保されていれば、事故が起きてしまった場合でも、その後の解決に向けたやり取りがスムーズにおこなわれます。[10] リスクマネジメントの内容は書面化し、利用者・家族とも共有するのがよいでしょう。
介護施設におけるリスクマネジメントは利用者の方の安全を守るだけではありません。適切なリスクマネジメントをおこなうことで、職員が安心して働ける環境を作り、ご家族からの信頼も得ることができます。
介護施設に関わる全ての人にとって、適切なリスクマネジメントは介護事故などによる不利益・損失を回避するための取り組みといえるでしょう。