勤務医時代と違い、開業医には退職金制度がありません。自分で備えなければ、リタイア後の生活を守るものがないのが現実です。
そこで、開業したばかりの先生にまず検討していただきたいのが『小規模企業共済』です。この制度は、いわば ”国が作った経営者のための退職金制度”。掛金が全額所得控除になるため、毎年の所得税・住民税を抑えながら、着実に将来の資金を積み立てることができます。
本記事では、多忙な先生のために、小規模企業共済のメリット・デメリット、そして賢い活用方法を分かりやすく解説します。
勤務医から独立し、一城の主となった先生が真っ先に直面する現実。それは「誰も退職金を用意してくれない」ということです。
勤務医時代は、病院の規定に基づき、勤続年数に応じて数百万円から数千万円の退職金が約束されていました。しかし、個人事業主である開業医には、その保障が一切ありません。日々の医業収益から、生活費、ローンの返済、そして自分自身の老後資金をすべて捻出する必要があります。
何の対策もせずリタイアを迎えた場合、手元に残るのは老朽化したクリニックの建物と設備だけ、という事態になりかねません。
小規模企業共済は、国の機関である「独立行政法人 中小企業基盤整備機構(中小機構)」が運営する、いわば「経営者のための退職金制度」です。
| 対象 | 常時使用する従業員が20人以下の個人事業主など |
|---|---|
| 掛金 | 月額1,000円〜70,000円(500円単位で自由に変更可能) |
| 性質 | 廃業時や引退時に、積み立てた掛金に応じた共済金を受け取れる |
国がバックアップしている制度であるため、民間の保険商品に比べて極めて安全性が高く、確実な資産形成が可能です。
出典:独立行政法人 中小企業基盤整備機構「小規模企業共済とは」
数ある資産運用の中でも、なぜ小規模企業共済が「開業医の鉄板」と言われるのか。そこには5つの大きなメリットがあります。
最大月7万円(年84万円)の掛金すべてが「小規模企業共済等掛金控除」として所得から差し引けます。課税所得を直接減らせるため節税効率が非常に高く、所得税率が高い先生ほど毎年の減税効果を実感できます。
共済金を受け取る際、一括なら「退職所得」、分割なら「公的年金等の雑所得」として扱われます。特に退職所得控除は他より優遇されており、長期間加入するほど、受け取り時の税負担を大幅に抑えることが可能です。
現在、基本共済金の予定利率は年1.0%と設定されています。超低金利が続く銀行預金と比較して利回りが良く、国の機関が運営しているため、将来に向けた退職資金を確実かつ安定的に増やせる点が大きな魅力です。
積み立てた掛金の範囲内(最大7〜9割程度)で、事業資金などの融資を低利かつ即日で受けられる制度です。急な設備修理や納税資金が必要になった際、解約することなく手元資金を確保できるため、経営の盾となります。
法律により、この共済金を受け取る権利は差し押さえが禁止されています。万が一、医業経営で予期せぬトラブルや債務問題が生じても、将来のための大切な資産は守られるため、最後のセーフティネットとして機能します。
非常に有利な制度ですが、以下の2点は必ず押さえておきましょう。
加入から240ヶ月(20年)未満で、廃業ではなく「自分の都合で」解約した場合は、受け取り額が掛金を下回ります。ただし、廃業に伴う解約であれば、半年以上の加入で元本以上が戻ってきます。
固定金利型のため、将来的に急激なインフレが起きた場合、実質的な価値が目減りする可能性があります。iDeCoや株式投資など、他の運用との組み合わせが推奨されます。
結論から言えば、両者の併用がベストですが、優先すべきは「小規模企業共済」です。iDeCoは原則60歳まで資金が完全に凍結されますが、小規模企業共済には「契約者貸付制度」があり、急な資金需要にも対応できるからです。
どちらも掛金全額が所得控除になるため節税効果は同等ですが、経営リスクへの備えも兼ねるなら、まずは小規模企業共済で土台を作り、余剰資金でiDeCoを運用するのが賢い戦略です。
法人化しても、積み立てた資産は無駄になりません。医療法人化の際は、個人事業主としての「廃業」を理由に共済金(退職金)を非課税に近い形で受け取ることができます。これを法人設立時の運転資金や、役員としての個人資産に充てることが可能です。
また、一定の条件を満たせば、法人化後も役員として加入を継続できるケースもあります。「法人化の予定があるから入らない」のではなく、法人化への準備として活用すべき制度です。
課税所得(売上から経費や各種控除を引いた金額)が1,200万円の先生が、満額の月7万円(年間84万円)を積み立てた場合の例を見てみましょう。
| 項目 | 対策なし | 小規模企業共済に加入 |
|---|---|---|
| 所得税・住民税(概算) | 約318万円 | 約282万円 |
| 年間の節税額 | ‐ | 約36万円 |
年間84万円を貯金しながら、税金が36万円安くなる。つまり、「実質48万円の負担で84万円の資産を作っている」ことになります。この差が20年、30年と続くと、数千万円単位の資産格差に繋がります。
小規模企業共済への加入は、驚くほどシンプルです。手続きは、普段お付き合いのある銀行、信用金庫、または地域の商工会・青色申告会などの窓口で行うことができます。手続きに必要なものは下記の通りです。
現在はオンラインでの「電子申請」も可能になっていますが、開業直後の先生であれば、まずは最寄りの金融機関へ相談するのが確実です。
結論から言えば、開業したその年に加入するのが最も賢い選択です。本制度の掛金は、12月までに支払った分がその年の所得控除対象となります。12月に「1年分(最大84万円)」を前納することも可能なため、初年度の利益が見えてきたタイミングで駆け込み加入しても、即座に大きな節税メリットを享受できます。
「まずは経営が安定してから」と考えがちですが、月額1,000円から始められ、後からいつでも増額できます。まずは少額でも「加入期間(年数)」を稼ぎ始めることが、将来の元本割れリスクを減らす鍵となります。
小規模企業共済に関するよくある質問をQ&A形式でまとめました。
A.いいえ、これは「経営者自身」のための制度です。スタッフ向けには「中退共(中小企業退職金共済)」という別制度があります。
A.月1,000円まで減額できますし、一時的に「掛止め(支払い停止)」も可能です。無理なく継続できる仕組みになっています。
A.はい、500円単位でいつでも増額・減額が可能です。「今年は機材の購入でキャッシュを残したい」という時は減額し、利益が出そうな年は上限の7万円まで増額するといった、経営状況に合わせた柔軟な調整ができます。無理なく続けられることが、多くの先生に選ばれている理由の一つです。
A.所定の書類を提出するだけで、スムーズに共済金の受け取りが可能です。廃業(閉院)や法人化に伴う解約は「共済金A」または「共済金B」という区分になり、最も高い利回りで受け取ることができます。手続きは、契約先の金融機関や中小機構を通じて行いますが、不明点は当事務所のような専門家がサポートいたします。
開業医にとって、節税とリタイア後の準備は「経営の車の両輪」です。小規模企業共済は、無理のない範囲(月1,000円〜)から始められ、いつでも増額・減額が可能です。
まずは「将来の自分への退職金」として、月額いくらからスタートできるか検討してみてはいかがでしょうか。早めのスタートが、数十年後の大きな安心を約束してくれます。
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