クリニックの開業を考えた際、多くの方が最初に悩むのが「どこで開業すべきか」ということではないでしょうか。際に候補地を検討しはじめると、次のようなお悩みを抱かれる先生は少なくありません。
診療圏分析は、開業場所を決める上で欠かせない工程です。一度決めた立地の変更は困難なため、データ上の数値だけでなく、地域の特性や生活動線まで含めて総合的に判断することが大切です。
本記事では、診療圏分析でわかることや分析の手順、データの見方を分かりやすく解説します。科目別のポイントも紹介しますので、開業場所選びの参考としてお役立てください。
開業準備の主な流れと、時期ごとに必要な作業項目を整理した資料です。
この記事は2026年7月時点の情報に基づいて編集しています。
診療圏分析とは、クリニックの開設予定地や周辺エリアに「どれくらいの患者数が存在するか」をデータに基づいて予測・分析する作業です。地域の人口や年齢構成、疾患ごとの受療率、競合となる医療機関の配置、交通アクセスなどを組み合わせて客観的な数値を導き出します。
クリニックの開業や経営において、立地の選択は客足や収益を左右する決定的な要素です。現状を正しく把握し、根拠のある経営判断を下すための基本的な手順となります。
クリニックの開業準備において、診療圏分析は避けて通れない工程のひとつです。開設した立地を後から変更することは極めて困難なため、計画の段階で入念に調査しておく必要があります。
十分な調査を行わずに場所を決めてしまうと、開院後に想定通りの患者が集まらず、資金繰りが厳しくなる恐れがあります。また、開業時に金融機関から融資を受ける際にも、客観的なデータに基づいた収支予測や事業計画を提示しなければなりません。
あらかじめ現実的な需要を把握しておくことは、開業後のリスクを抑え、円滑な資金調達を進める上でも大切な工程です。
診療圏分析を行うことで、感覚や経験則に頼らず、数値や資料に基づいた客観的な情報を把握できます。診療圏分析で分かる主なデータは以下の通りです。
これらの情報を組み合わせて確認することで、その地域で求められている診療内容や、開設後にどれくらいの患者が訪れそうかを具体的に推測できます。それぞれの項目について詳しく解説します。
画像出典:
株式会社ワイ・ビー・シー(https://www.ybco.co.jp/)
株式会社ONE COMPATH(https://onecompath.com/index.html
対象とする地域内で、自院にどれくらいの患者が訪れるかを予測した数値です。地域の人口に対して、厚生労働省などが公表している「受療率(人口あたりの受診割合)」を掛け合わせ、近隣にある他の医療機関の数で割ることで算出します。
1日あたり、あるいは1ヶ月あたりに見込める概算の患者数を把握することで、開設後の事業計画や収支の予測を立てる際の最も基本的な判断材料として活用します。
開設を検討している場所の周辺に、どのような医療機関がどれくらい存在するかを把握します。同じ診療科を持つ医院の数や距離だけでなく、地域全体における診療科の偏り、各医院の診療時間や休診日などを調べます。
周辺の競合状況を客観的に確認することで、自院が参入する余地があるかを見極めたり、他院との差別化を図るための診療方針や診療時間を検討する際に役立てます。
開設予定地の周辺にどのような人々が住み、活動しているかという地域特性を把握します。年齢別の人口割合や高齢化率、世帯構成、通勤・通学による昼夜の人口差に加え、5年後・10年後の将来推計人口まで確認します。
地域で求められる医療の需要(高齢者向けの診療、仕事帰りの受診対応など)を予測し、診療内容を設定する指標とします。また、将来の人口推移を見通すことで、その地に長く根ざして安定した経営を続けられるかを判断します。
最寄り駅やバス停からの距離・所要時間だけでなく、実際の移動経路にある坂道や階段、歩道の広さ、信号の待ち時間などを確認します。また、地図上の直線距離では見落としがちな線路や大きな道路、河川といった地理的・心理的な壁の影響も調べます。
実際の道路網や歩行経路を前提とした移動範囲(到達圏)を確認することで、患者が物理的な負担なく通院できる環境であるかを見極め、実際に集患が見込めるリアルなエリアを特定するのに活用します。
診療圏分析を行う方法は、「自分でやるか」か「業者に依頼する」のどちらかになります。それぞれ費用や分析の精度、手間に違いがあるため、ご自身の開業時期や予算、目的に合わせて適した方法を選ぶことが大切です。
| 項目 | 自分で調べる | 業者に依頼する |
|---|---|---|
| 費用 | 基本無料 | コンサル費用に含まれることが多い |
| 分析精度 | 概算レベル | より詳細で精緻 |
| 労力・負担 | 調べる労力と時間がかかる | 負担は少ない |
| 主な使用ツール |
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専用分析ソフト |
公的機関が提供する無料ツール(J-STAT MAPやRESAS)や地図ソフトを活用し、自分でデータを集めて分析する方法です。
費用がかからないため、「将来的な開業をぼんやりと考え始めた」「まずは試しに自分の気になる地域の数字を見てみたい」という情報収集の段階に適しています。ただし、専門的な知識がないとデータの読み解きに少し時間がかかる点には留意が必要です。
ご自身で調査を進める場合は、以下のような手順で進めていくのが一般的です。
まずは、自院の患者が来院すると想定される地理的な範囲(診療圏)を決定します。一般的には、診療所を中心に半径500m〜1km程度(徒歩圏内)、あるいは車や公共交通機関で10〜15分程度の移動範囲を目安に設定します。
設定した診療圏内にどれくらいの人が住んでいるか、公的データを用いて調べます。「e-Stat」や「jSTAT MAP」などの無料ツールを活用し、総人口だけでなく年齢構成や世帯数、昼夜間人口の差なども確認します。
調査エリア内に存在する同じ診療科の医療機関をピックアップします。Google マップなどで「件数・位置・距離」を調べるほか、各医院の診療時間や休診日、認知度などの実態も把握しておきます。
集めたデータを基に、1日あたりの見込み患者数を算出します。基本的には「エリア人口 × 受療率 ÷(競合医院数 + 1)」の計算式を用いて、客観的な数値を弾き出します。
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上記の場合、10,000人 × 1.5% ÷(競合3件 + 自院1件)= 1日あたり「約37.5人」 が来院の見込み数値(目安)となります。
最後に実際に現地を歩き、データだけではわからない要素を確かめます。坂道や線路などの移動の壁がないか、看板の見やすさや道路の交通量、周辺施設への人の流れ(生活動線)などを自分の目でチェックします。
専門のコンサルティング会社や、調剤薬局・医療機器メーカーなどの開業支援事業者に調査を依頼する方法です。開業コンサルティングなどの総合的なサポートの一部として提供されるケースが多く見られます。
専門ソフトを用いた精度の高いレポートが得られるため、最終的な立地決定や金融機関への融資申請など、より確実性が求められる場面で役立ちます。
※なかには、無料の簡易診断サービスを実施している業者もあります。
開業コンサルタントや調剤薬局がレポートを作成する際に、下記のような専用ソフトが活用されています。
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先生個人で契約することも可能ですが、費用負担が大きく各種条件設定も自力で行う必要があります。まずは無料ツールを用いてご自身で試してみるか、専門の業者へ依頼するかを検討してみるのがおすすめです。
ツールの出力結果やレポートの数値をそのまま鵜呑みにするだけでは、実際の患者数と大きなズレが生じることがあります。より現実的で精緻な需要予測を行うためには、データの背景にある以下のポイントを考慮して補正・分析することが大切です。
地図上の同心円(半径◯km)による機械的な線引きだけでは、実際の通院経路を反映できません。
大きな河川や線路、開かずの踏切、急勾配の坂道といった心理的・物理的な分断要因が存在する場合、直線距離では近くても患者が通院を敬遠する可能性があります。患者が日常的に利用する駅や商業施設、人通りの多いルートなどの「生活動線」を考慮し、実際の移動範囲に合わせて調査エリアを調整する必要があります。
一般的なデータ分析では、周辺にある競合医院が一律「1件」として機械的にカウントされます。しかし、実際の競合度は医院ごとに異なります。
例えば、高齢の院長が一人で診療を行っており診療時間を縮小している医院と、地域で非常に人気があり患者が集まっている医院では、自院への影響力が大きく違います。競合の評判や診療規模、名目上の標榜科目かどうかなどを確かめ、強弱の係数(重み付け)を設定して計算することで、より現実に近い競合状況を把握できます。
立地条件に合わせて、分析の基準となる人口データを使い分けることが重要です。
住宅地での開業であれば「夜間人口(居住人口)」をベースにしますが、オフィス街や駅前立地の場合は「昼間人口」を中心に分析します。また、自院の診療科目に合わせた人口構成(小児科なら子育て世帯や子どもの数、整形外科なら高齢化率など)の厚みを正しく確認し、ターゲット層が十分に存在するエリアかを見極めます。
現時点での推計患者数が良好に見えても、ベースとなるエリア人口自体が少ない場合は注意が必要です。
基礎となる人口が少ないエリアでは、開院後に新たな競合医院が1件参入しただけで経営が大きく圧迫されるリスクがあります。1次診療圏(500m圏内)や3次診療圏(1km圏内)に十分な市場の厚み(人口規模)があるかを確認しておくことで、将来的な競合の参入にも耐えられる安定した経営基盤を確保できます。
診療圏の広さやターゲット層の動きは、診療科ごとの専門性や患者さんの受診目的(緊急性や通院頻度)によって大きく異なります。自院の診療科の特性に合わせた視点でデータを読み解き、分析結果を実際の開業計画に活かすことが大切です。
日常に欠かせない診療科であり、診療圏は半径500m圏内(徒歩5〜10分圏)と狭いエリアに限定される傾向があります。地域住民の受療率は高いものの、全国的に競合クリニックの数が最も多い科目でもあります。
まずは足元の人口密度を確認します。1次圏内に最低5,000人以上の人口があるかが目安となります。競合が多い科目でもあるため、単に人口を見るだけでなく近隣クリニックの診療時間や休診日をチェックします。
また、ご自身の専門性(消化器・循環器・糖尿病など)が、地域の40代以上の人口割合やニーズと合致しているかも確認します。
地域の総人口数よりも「0〜9歳の子どもがいる世帯数」の影響を直接的に受ける科目です。近年は共働き世帯が増加しているため、日中の通院だけでなく夕方18時以降の診療ニーズが高まりやすい傾向があります。
1次圏内(半径1km圏内)に15歳未満人口が1,500〜2,000人以上いるかがひとつの目安です。数値に加えて、保育園や小学校からの帰宅ルート(生活動線)上にあるかといった位置関係を確認します。
また、ベビーカーでの通行を妨げる急な坂道や狭い歩道などの「分断要因」の有無も重要なチェック要素となります。
慢性疾患のケアやリハビリで週1〜2回ほど定期的に通う頻度が高いため、診療圏は半径1km圏内(車・バスで10分圏)とやや広めに設定されます。患者の大部分を65歳以上の高齢層が占める点が大きな特徴です。
エリア内の高齢化率(65歳以上人口の割合)が25〜30%以上あるかが指標となります。主なターゲットとなる高齢者の通いやすさが重要になるため、徒歩圏内の人口密度だけでなくコミュニティバスの停留所からの距離を確認します。
また、運転が苦手な高齢者でも停めやすい広めの駐車場(5〜10台程度)が確保できるかといったアクセス環境も確認します。
小児の視力検診から高齢者の白内障治療までターゲット層が幅広く、診療圏は半径1〜1.5km圏内と比較的広くなります。コンタクトレンズ処方や定期検診など、買い物や通勤ついでに通える立ち寄りやすさが重視されます。
1日あたりの駅乗降客数や人通りの多さに注目します。駅前立地であれば乗車動線上での視認性や立ち寄りやすさがポイントになり、郊外型であれば車での入りやすさと駐車場環境が重要になります。
周辺の小・中・高校の数や高齢者人口のバランスを参考に、自院が狙う層とターゲットが重なっているかを読み解きます。
他の科目に比べて診療圏が広く、半径1.5〜2km圏内(車で10〜15分圏)からの通院が見込める科目です。専門性が高く近隣に競合が少ないケースも多いため、車や公共交通機関を利用した広域からの集客が期待できます。
広域からのアクセスを想定し、車通院に対応できる駐車場台数(10台以上)や、主要道路からの立ち入りやすさ、看板の視認性を確認します。美容皮膚科などの自費診療を組み合わせる場合は、ターゲットとなる20〜40代の女性人口比率(目安:20%以上)や世帯年収データも判断材料になります。
春の花粉症や冬場の風邪など、季節によって受診者数の変動が大きい科目です。年間を通じた需要のベースとなるのはファミリー層(15歳未満+30〜40代の親世代)であり、診療圏は半径1km前後が目安となります。
診療圏内の15歳未満人口と世帯構成を確認します。未就学児の受診割合が高い科目でもあるため、近隣にある小児科の件数や位置関係のチェックが欠かせません。
「小児科を受診したついでに立ち寄りやすい移動ルート上にあるか」といった、他科との動線上の関係や相乗効果を見極めることがポイントになります。
診療圏分析のデータは、実際の数値とズレがあるのではないかと疑問を持つ先生もいます。結論から言えば、分析結果は一定の理論をもとにした予測値であり、データの数値だけで開業の成否が決まるわけではありません。
データと実際の数値にズレが生じる主な要因には、次の2つがあります。
統計上の数値が良くても、物件の条件まではデータに反映されません。大通り沿いでも入り口が奥まっていて見つけにくい物件や、段差があって車椅子で入りにくいといった物理的なデメリットは数値化できない部分です。
また、近くにある大型病院の影響で、想定外の集客や患者の流出が起こるケースもあります。
どれだけ精密なデータを出しても、実際の医療の質や患者対応まで計算することはできません。診療圏分析はあくまで潜在的なニーズを測る目安に過ぎず、実際に選ばれるかどうかは先生の診療やスタッフの接遇次第です。
たとえデータ上で競合が多くても、地域の患者さんに親しまれるクリニックになれば十分に患者さんは集まります。
診療圏分析でどれほど良い数値が出ても、法律や行政ルールによって開業が制限されるエリアがある点には注意が必要です。
特に2026年4月以降は医師偏在対策をはじめとする行政規制の動きも本格化するため、エリアごとのルールを事前に確認しておく重要性が高まっています。
数値が良いからと焦って契約を進めるのではなく、こうした行政上の規制の有無についても必ず事前に確認しておきましょう。
出典:厚生労働省|第12回地域医療構想及び医療計画等に関する検討会:資料
診療圏分析は、クリニックの開業地において「どれくらいの需要が見込めるか」を客観的に把握するための有効な手段です。人口データや競合状況、アクセス環境などを数値化することで、感覚に頼らない根拠ある事業計画や集患戦略を立てることができます。
しかし、分析データはあくまで一定の条件をもとに算出した予測値に過ぎません。実際の経営成果は、現地での物理的な見つけやすさや動線、そして何より先生の診療スタイルや患者さんへの丁寧な接遇、さらには開業規制といった行政上のルールにも大きく左右されます。
データの数値を過信しすぎず、また不要に恐れすぎることもなく、最後はご自身の目で現地を確かめることが大切です。