介護施設におけるリスクマネジメントと対策

更新日 2024.04.09
投稿者:豊田 裕史

介護施設のケアの場面では、転倒・転落・誤嚥(ごえん)といった事故のリスクが存在します。しかしながら、リスクの評価と対応をおこなわないまま、気をつける・努力するといった対策だけで済ませていないでしょうか?リスクマネジメントを通じて、利用者・職員にとって安全で快適な環境づくりを目指しましょう。

介護施設のケアの場面では、転倒・転落・誤嚥(ごえん)といった事故のリスクが存在します。しかしながら、リスクの評価と対応をおこなわないまま、気をつける・努力するといった対策だけで済ませていないでしょうか?

その場限りの対応では根本的な問題の解決にはつながらず、再度同じような事故を繰り返してしまいます。介護施設を運営していく中で、散在するリスクに対しては、マネジメントが必要です。

この記事では、リスクマネジメントに関して以下を説明します。

  • なぜ介護施設におけるリスクマネジメントが必要なのか
  • リスクマネジメントの方法
  • リスクマネジメントの活用

リスクマネジメントを通じて、利用者・職員にとって安全で快適な環境づくりを目指しましょう。



介護施設におけるリスクマネジメントが重要な理由は?

2021年度の介護報酬改定にて、以下の4つの文章が入りました。

  • 介護保険施設における事故発生の防止と発生時の適切な対応(リスクマネジメント)を推進する観点から、事故報告様式を作成・周知する
  • 施設系サービスにおいて、安全対策担当者を定めることを義務づける
  • 事故発生の防止等のための措置が講じられていない場合に基本報酬を減算する
  • 組織的な安全対策体制の整備を新たに評価する

介護施設におけるリスクマネジメントは、利用者の安全の確保だけでなく施設の収益の点からも重要ということがわかります。

介護施設では、利用者が心身ともに健康で可能な限り自立して生活できるよう環境を提供しています。一方で、自立した生活を重視すればするほど、転倒や誤嚥(ごえん)といった事故のリスクは高まるでしょう。

事故の予防を優先するあまり利用者の方を管理するように扱ってしまうことは、人間としての尊厳を奪うことにつながります。自由とリスクのバランスをとる手段として、リスクマネジメントが必要です。

介護施設におけるリスクマネジメントは、事故を完全に防止するということは困難だと考えた上で、以下のような姿勢で考えることが重要です。

  • 事故を限りなくゼロにするためにはどうしたらよいか
  • 万が一事故が起きてしまった場合にどのような対応をとればよいか
  • 同じような事故が再び起こることのないような対策には何があるか

介護施設は事故のリスクが高い

事故のリスク

介護施設に入所中の方は、認知機能や体力が低下している割合が多く、事故のリスクが高くなります。

介護施設における事故の中で最も多いものが、転倒・転落です。介護施設における事故原因の約7割を占めています。次に多い事故としては、誤嚥・誤飲・むせこみなどです。

認知症があると、本人が歩けるかどうかに関係なく、本人の行動が原因で転倒や転落をするリスクが高くなります。食べ物でないものを間違って食べてしまう誤食(ごしょく)と呼ばれる事故も多く、注意が必要です。

体力が低下していると、認知症がなくとも転倒・転落のリスクが高まることも。利用者がスタッフに迷惑をかけたくない・干渉されたくないという思いから、転倒してしまうケースも報告されています。

また、嚥下(えんげ)機能が落ちている場合には、誤嚥のリスクが高くなります。食事の形態に注意をしていても高齢者は内服薬も多いため、誤嚥に気をつけなければなりません。

事故やトラブルが利用者の命を危険にさらす

誤嚥は窒息・肺炎といったことにつながることが多く、利用者方の命が危険にさらされる確率の高い事故です。

また、転倒事故の多くは骨折につながります。命にかかわらなくても、骨折がきっかけで体力が低下し寝たきりとなる恐れもあるでしょう。寝たきりから認知症が進行してしまうこともあるので、注意が必要です。

増加傾向にある介護事故の高額な訴訟事例

介護事故の増加に伴って、裁判例も増えています。

介護事故の裁判例の中で最も多いものは、転倒事故です。短期入所型施設でのトイレ移動中の転倒から急性硬膜下血腫を発症したケースでは、見守りセンサーなどの設置義務について争われました。結果として、施設に対して約1100万円の賠償命令がくだされています。

転倒の次に多いものが誤嚥事故です。介護老人保険施設で誤嚥リスクのある方にロールパンを丸ごと提供し窒息したケースでは、施設に対して約4000万円の賠償命令がくだされています。

訴訟リスクが職員のモチベーション低下につながる

事故が起きることへの不安や事故が起きた後の訴訟リスクへの不安を抱えながら、介護職員の方は働いています。働く上での不安が解消されない場合、職員の方のモチベーションは低下し離職率の増加につながるでしょう。

組織として適切なリスクマネジメントをおこなうことは、人材が集まり定着する、魅力のある職場づくりにもつながります。重要なことは、個々の職員の努力に頼るのではなく、「組織で事故防止に取り組み、仕組みによって事故を防ぐ」という考え方です。

利用者・職員どちらにとってもリスクマネジメントは重要

介護施設で事故が起こり、訴訟につながってしまうことは、利用者・職員どちらにとっても不幸なことです。利用者の方の体力や認知機能を保ち、快適な生活を続けるため、職員の離職を避けるためにも、介護施設におけるリスクマネジメントはとても重要となります。



介護施設でのリスクマネジメントの考え方

1930年代にアメリカのハインリッヒが発表した法則では、1件の重大な労働災害の発生の影には小さな危険が数多く潜んでいると、以下のように述べています。

  • 同種の軽い労働災害が29件
  • 傷害事故には至らなかった同種の事故が300件
  • その裾野には、数千~数万の危険行為ないしは危険を予感させる状態

「ハインリッヒの法則」の考え方は、リスクマネジメントをする際の基本となっています。

介護施設におけるヒヤリ・ハットと事故分析

「ハインリッヒの法則」を元にした労働災害対策が、「ヒヤリ・ハット運動」です。ケアにかかわるスタッフすべてが働いている中で「ヒヤリ」としたことや「ハッ」とした情報を報告します。集めた報告を分析してヒヤリ・ハットを低減させるようなマニュアルを作り、職場内で共有する、この取り組みがヒヤリ・ハット運動です。労働災害の対策として広く普及しているヒヤリ・ハット運動は、医療・介護の現場でも活用されています。

厚生労働省の調査では、「事故」と「ヒヤリ・ハット」を区別しています。


事故 施設における福祉サービスの全過程において発生するすべての人身事故で身体的被害及び精神的被害が生じたもの。なお、事業者の過誤、過失の有無を問わない
ヒヤリ・ハット 利用者に被害を及ぼすことはなかったが、日常のサービスの中で事業者が「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたもの

分析をする際は、これまで施設で起きたさまざまなヒヤリ・ハットや介護事故を集めることから始めましょう。そして、ヒヤリ・ハットや介護事故の事例から、施設ではどのような事故などが起こるかを想像し、リスクマネジメントにつなげていきます。

ヒヤリ・ハットや介護事故を集める際に重要なことは4つです。

  1. 収集が目的とならないように注意する
  2. 報告した人が不利益となるような処分をおこなわない
  3. 職員の個人的な資質による事故として扱わない
  4. 集めた事例をどのように分析して活用していくのか、あらかじめ目的を決める

ヒヤリ・ハット運動の目的は、安全管理の重要性を認識し、同じような事例が再び起きないようにすることであると、職員で共有するようにしましょう。



介護施設におけるリスクマネジメントの方法

介護施設におけるリスクマネジメントでは、以下の対策をします。

①リスクの特定
②リスクの分析
③リスクの評価
④リスクへの対応

そして、対策がどの程度の効果を上げているか、改善点はないのかという観点で見直すことで、変化・増加するリスクに対応していきます。

①リスクの特定

ヒヤリ・ハットと事故の分析によって洗い出される情報は、転倒・転落から入所者同士のトラブルまで数多く存在します。これらの情報を以下のように、箇条書きにしてまとめましょう。

  • いつ
  • どこで
  • だれが
  • なにを
  • どのようにしたため
  • 何が起こった

そして、転倒事故が起こったことから「床が滑りやすい」といったリスクの原因となることを特定します。

②リスクの分析

次に、リスクの分析をおこないます。リスクの原因を明確にしましょう。「床が滑りやすい」という例をとると、床の材質や履いている靴、ケアの際の姿勢などさまざまな理由があるため、根本的な原因を解決する必要があります。

③リスクの評価

リスクの評価では、見つけたリスクが転倒・誤嚥などどのような事故につながるかをスタッフ・職員の間で検討しますsoho。さらに、起こった事故によって、体力の低下・認知力の低下など利用者にどのような不利益が起こっていくか、訴訟や家族説明など施設がどのようなことに対応しなければならないかを予想します。

対応するべきリスクの重要性を評価して、対策をすることが望ましいかどうかを判断しましょう。

④リスク対策

最後にリスク対策です。リスクによって見つけた要因に対し、対策を立てます。「床が滑りやすい」ということであれば、床の張替えや靴の素材の変更を考えましょう。転倒転落のリスクが高いようであれば、手すりやセンサーマットを用意できます。

最近では、カメラ機能や、録音機能を備えた見守りセンサー・見守りロボットなどの商品も登場しました。慢性的な人手不足に悩む施設や、職員の数が少ない夜間などを中心に活用の場面が広がりそうです。

マニュアルの作成

出来上がった対策はマニュアルなどにまとめたうえで配布・周知します。そして、マニュアルをもとに、利用者のリスクマネジメントをおこなうことで、ばらつきのない、質の高い安全対策ができます。マニュアルは、ヒヤリ・ハットや事故を元に定期的に見直すことで、継続的に改善していきましょう。

また、リスクマネジメントをおこなう人材の養成も重要です。2008年度に設定された介護老人保健施設リスクマネジャー資格認定制度では、約30時間の講習と試験に合格すると認定証が発行されます。安全対策担当者に任命されたが何から始めてよいかわからない、自分の知識を整理したい、という方におすすめです。

避けられない事故への対応

それでも、人の生活に伴う避けられない事故は存在します。事故が起こった際の対応を準備することも必要です。施設内のスタッフや医療機関とどのような連携を図るのか、どのような連絡体制をとるのか、どのように経過を記録するのか、などについて確認しておきましょう。

また、ご家族には避けられない事故があった場合のリスクを受け入れてもらう必要があります。あらかじめ作成したマニュアルをもとにケアプランを作成し、以下のようなリスクを説明しましょう。

  • 利用者の方にはどのような安全防止策がされているか
  • どのようなことが避けられないリスクとして存在しているか
  • ご家族にどのような協力をお願いするか

日頃から利用者や家族との良好なコミュニケーションが確保されていれば、事故が起きてしまった場合でも、その後の解決に向けたやり取りがスムーズにおこなわれます。[10] リスクマネジメントの内容は書面化し、利用者・家族とも共有するのがよいでしょう。



介護施設において適切なリスクマネジメントを

介護施設の適切なリスクマネジメント

介護施設におけるリスクマネジメントは利用者の方の安全を守るだけではありません。適切なリスクマネジメントをおこなうことで、職員が安心して働ける環境を作り、ご家族からの信頼も得ることができます。

介護施設に関わる全ての人にとって、適切なリスクマネジメントは介護事故などによる不利益・損失を回避するための取り組みといえるでしょう。


|医師
都圏の病院

泌尿器科専門医、性機能専門医、性感染症専門医、医学博士。15年以上にわたる大学・基幹病院での臨床・研究経験を生かし、一般向けのわかりやすい医療記事の執筆が得意。趣味が高じてファイナンシャルプランナー2級・福祉住環境コーディネーター3級を取得。医師向けに家計アドバイスも行っており、医師を対象とした情報発信にも自信あり。子育て奮闘中。

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薬剤師として日本、シンガポールで従事。国際医療ボランティアとしてインドやボツワナ、タイに派遣される。現在は医療ライターとして執筆、コンテンツディレクター、編集長、ライティング講師、Webデザイナーとして活動。

|医師
総合病院
URL:https://twitter.com/dr_shinpaku

呼吸器専門医、指導医、総合内科専門医、研修医指導医、医学博士。総合病院勤務医として臨床または研究に従事し、若手指導にあたりながら、これまで培った経験を生かして医師ライターとしても大手医療メディアなどで多数の記事作成を行っている。また専門知識を生かして監修や編集、Webディレクターとしても活動している。
最近は予防医学、デジタルヘルス、遠隔医療、AI、美容、健康、睡眠などに関心を広げデジタルヘルス企業に関する記事の連載も行っている。
正しい医療知識の普及や啓蒙のために日本語又は英語で発信を行いながら様々な企業との連携やコンサルティングも経験し、幅広い分野での貢献に努めている。
複数の学会に所属し、論文執筆、国内・国際学会発表による研鑽を積んでいる。

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